シェイクスピアの名台詞〜Memorable Speeches from Shakespeare〜

だが、裂けろこの胸、もう口には出せぬ。
But break, my heart, for I must hold my tongue.
作品解説
『ハムレット』1幕2場


母の再婚に不自然なものを感じるハムレットは、第一独白で、そのような人間にあるまじき振舞いは必ずよくないことを引き起こすに違いないと予感するが、もちろん、そのようなことばは王子としては口に出すべきではない。言いたいことは山ほどあるが、立場上言うわけにいかない。その苦しみを「裂けろこの胸」という強い表現で伝えようとしている。

一方、もう一つの働きがこのことばには隠されている。それは、今まで独白(舞台の上に一人で立ち、己の心の内を声に出して観客に伝える劇作上の技法)で本来なら心の中で考えていることを口に出して語ってきたのだが、そこへホレイショーたちが目撃した先王の亡霊について報告にやって来る。当然、ホレイショーたちとの会話も声に出して行われる。そのため、観客に心の中の世界はここでお仕舞いと区切りをつける意味で、「もう口には出せぬ」と言っている。他にも、有名な「生きるか死ぬか」の独白の最後に

But soft you now!/ The fair Ophelia!
シッ静かに、美しいオフィリアだぞ!

あるいは

シッ静かに・・・。これはこれは美しいオフィリア姫!

と独り言の終了を告げることばを発し、それから例の「尼寺」の場面に移る。

考えてみれば独白は心の中のことばであり本来は口に出して言っているわけではないのだから、「口に出すな」とか「静かにしろ」というのはおかしいのだが、舞台上にはいくつもの現実の層があり、こういう一種の合図の台詞はある層から別な層に移行するスイッチの役割を果たしていると言える。


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