王の暗殺を実行しようとしていると、マクベスの前に突然短剣の幻が出現します。これはマクベスにだけ見えるものなのか(例えばバンクォーの亡霊)、あるいは他のひとにも見えるのか(例えば魔女)、あるいは実際は見えないのにマクベスひとり見えると思っているものか?私たちには判断できる材料が与えられていません。というより、私たちは自由に選択できるのです。それが舞台の面白いところで、映画ではそういうわけには行きません。落語で一本の扇子が煙管になり、箸になり、刀になるように、舞台上の存在には変幻自在な力が与えられています。もちろん、それを与えるのは私たちの想像力ですが。
マクベスは幻の短剣を見て、つぎのように言います。
Come, let me clutch thee.
I have thee not, and yet I see thee still.
Art thou not, fatal vision, sensible
To feeling as to sight?
(よし、掴んでみよう。いや、できない、それでも、まだ見えている。おそろしい短剣の幻よ、おまえは目には見えるが、手に取ることはできないのか?)
有名な宙吊りの短剣の場面ですが。こういうところにも『マクベス』のきびきびした文体がうかがえます。ここに挙げた約40語のうち、33語が単音節語です。
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