アンジェロは、突然、自分のなかにわき上がってきた性の衝動に、うろたえて自問する。それまで謹厳実直だっただけに、この衝動はアンジェロにはあまりに強烈だった。たてつづけになされる自分への問がうろたえぶりを表している。しかも、この衝動を恋と考えずに、罪と感じるところにアンジェロの業の深さが窺える。この地上の「天使」には、愛する者への切ない感情に我を忘れるといった恋心の揺らぎはない。ただ、ひたすら情欲するのである。もっと恋に遊べたら、もっと「いい加減に」自分と相手のあいだの境界を融解させられたら、こんな忌わしくも淫らな二者択一の疑問には至らなかったろうに!そして、二者のどちらに決したにせよ、すでに罪を犯しているのだ。
問題劇時代のシェイクスピアは、恋に懐疑的だ。『トロイラスとクレシダ』しかり、『終りよければすべてよし』しかり。
Copyright (C) 2003 戸所宏之 引用の際はURLの表示をお願いします