アントーニオから、金を用立てて欲しいと依頼されたシャイロックは、自分を犬呼ばわりしておきながら、金の無心に来るずうずうしさに対して、あきれ顔を装って、それまでの恨み辛みを吐露する。とぼけたようで、その実、急所は絶対に外さない抜目なさはシャイロックの底なしの恐ろしさだ。その点、極めて巧妙な役者だ。卑屈にふるまいながら相手の良心をぐさりと刺すすべを心得ている。
この台詞につづくことばを聞けば、その意味がよく分るだろう。
Or
Shall I bend low and, in a bondman's key,
With bated breath and whisp'ring humbleness,
Say this:
'Fair sir, you spit on me on Wednesday last,
You spurn'd me such a day; another time
You call'd me dog; and for these courtesies
I'll lend you thus much moneys'?
それとも腰を深くかがめ、奴隷のように押し殺した卑屈な調子でこんな風に言いましょうか。「だんな様、先だっての水曜日にはつばを吐きかけていただきました、別の日にはけとばしていただきました。また別の日には犬と呼んでいただきました。それほど丁重に扱っていただいたお礼になにがしかのお金をお貸ししましょうかな?」)
このあとのアントーニオのことばから過去につばを吐きつけたり、足蹴にしたことが分かるが、それだけにいっそうこの皮肉は強烈に作用する。シャイロック役者の腕の見せどころであると同時に、役者シャイロックの力量発揮の場面でもある。
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