ソラーニオは娘にかなりの財産をもって駆落ちされたシャイロックの取り乱しぶりを滑稽に報告します。娘と金を交互に並べて、金銭欲と親の情愛と等しいことを揶揄していますが、実際のシャイロックはもっと強欲で「娘が死んでも、宝石さえ耳についていればいい」とまで言ってのけます。ユダヤ民族に対する不当な差別を法廷で堂々と毅然とした態度で訴えるシャイロックとはまったく別人のようです。もちろん、これはソラーニオが揶揄をこめて脚色したシャイロックだから別人であって当然とも言えますが、よく見ると当人にもそうした分裂が見られます。この分裂は舞台の上で、劇作のキズどころか、むしろ、奥行のある人間の断面として、生きるから、劇場というものは不思議です。シェイクスピアのその辺の呼吸をよくわきまえていました。
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