シェイクスピアの名台詞〜Memorable Speeches from Shakespeare〜

やめてくれ、誠実なもの同士の出会いに
妨げがあるなんて思わせないでくれ。
Let me not to the marriage of true minds
Admit impediments
作品解説
『ソネット集』116番


Let me not to the marriage of true minds
Admit impediments, love is not love
Which alters when it alteration finds,
Or bends with the remover to remove.
O no, it is an ever-fixed mark
That looks on tempests and is never shaken;
It is the star to every wand'ring bark,
Whose worth's unknown, although his height be taken.
Love's not Time's fool, though rosy lips and cheeks
Within his bending sickle's compass come,
Love alters not with his brief hours and weeks,
But bears it out even to the edge of doom:
If this be error and upon me proved,
I never writ, nor no man ever loved.

やめてくれ、誠実なもの同士の出会いに
妨げがあるなんて思わせないでくれ。
相手の心変わりを見つけたから自分も変わる、
相手が移り気だから自分もつられて気移りする、そんなのは愛じゃない。
断じて違う。愛は嵐のただ中にあっても
微動だにせず海を見守る灯台だ。
愛は迷える船の北斗星だ。
たとえ高さは測れても、その恵みの大きさは計り知れない。
愛は時の笑いものではない−−バラ色の唇や頬は
やがて時の大鎌の餌食になるとしても。
愛はうつろいやすい時とともに変わったりはしない。
最後の審判までどんな苦難も耐えぬくのだ。
 これがまちがいであり、証明されうるというなら
 私は詩を書いたことも、ひとを愛したこともなかったことになる。

高らかに歌いあげられた愛の讃歌である。『ソネット集』でもっともすぐれた詩といえよう。でも、いったい誰に向って語りかけているのだろう?美青年ともとれるし、時の神ともとれる。語り手はいるが相手が見えない。にもかかわらず、いや、だからこそ、切々とした調子は祈りにも似て読む者のこころを打つ。

出だしで戸惑う読者は多い。シェイクスピアにしてみれば、断固とした調子で愛の信念を語ろうとしたのだが、そこで使った否定のために読者は誤解してしまう。もう一度読み直して安心する。それにしても、このソネットに使われた否定語の多さはどうだろう。「私」の愛の信念は10個の否定語(not, no, never, un-, norなど)とそれ以上の否定的要素(妨げ、心変わり、移り気、嵐、迷える、笑いもの、餌食など)によって紡ぎ出された信念なのだ。

否定によってしか確信に達しえないとは、なんという皮肉だろう。また、なんと哀しい人間の限界だろう。最後の反語が導き出す逆立ちした論理が切なく胸に響く−−私が詩を書いたことは確かなことだ、だから愛の永遠も確かなことだ。そういう論理の無理強いに、信念の気高さとは裏腹の揺れ動くこころが見え隠れする。しかし、鋼鉄のような愛に共感するひとはいない。もろいからこそ「永遠の」人間らしさを感じとるのではないだろうか?


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