シェイクスピアの名台詞〜Memorable Speeches from Shakespeare〜

美少年の君よ、その力に魅せられてしまっては
「時」のきまぐれな砂時計も、いのちを刈る鎌も無力になる。
O thou my lovely boy who in thy power,
Dost hold Time's fickle glass his sickle hour:
作品解説
『ソネット集』126番


O thou my lovely boy who in thy power,
Dost hold Time's fickle glass his sickle hour:
Who hast by waning grown, and therein show'st,
Thy lovers withering, as thy sweet self grow'st.
If Nature (sovereign mistress over wrack)
As thou goest onwards still will pluck thee back,
She keeps thee to this purpose, that her skill
May time disgrace, and wretched minutes kill.
Yet fear her O thou minion of her pleasure,
She may detain, but not still keep her treasure!
Her audit (though delayed) answered must be,
And her quietus is to render thee.

美少年の君よ、その力に魅せられてしまっては
「時」のきまぐれな砂時計も、いのちを刈る鎌も無力になる。
だから、君は欠けることで満ちてゆくが、その一方で
美しすぎる君の前で君の崇拝者たちはひたすら朽ちはててゆく。
滅びの神より上の位の造化の女神が
滅びのかなたへ進もうとする君を引き止めてくれるのは
君のためなんかじゃない。ただ自分の力を
誇示して「時」に恥をかかせるためだ。
女神を恐れた方がいい。今は蝶よ花よと
ちやほやしてくれるけれど
そんなにいつまでも宝物扱いできるわけじゃない。
女神にも必ずこのツケはやって来て
君を「時」へと引き渡すことになる。

戻ってきた君への愛は冷めてはいない、とは言うものの、一旦ふたりの仲に生じた亀裂がそう簡単にうまるはずはない。そして、ついに別れを決意する。黒い貴婦人との嘘つき合戦、対抗馬の詩人との芸の競いあい、そして何よりも美青年との愛のかけひきに疲れたシェイクスピアは、すべての苦悩の原因である美青年との仲に終止符を打つ。

154編のソネット中このソネットだけが、aabbccという2行連句で押韻し、その上12行しかない特殊な形態であることから、この句を『ソネット集』全体をしめくくる結びの歌とする説が一般的だ。しかも、扱っているのが、愛、はかない美、宝物、時など、1番から125番までのソネットに共通の主題だ。特に2行連句は通常ソネットの最後の2行で使われるものだ。また舞台でもしばしば長い場面の終わりに使われる。こういったとどめの役割をはたす押韻法だけでソネットを構成することに告別の意味を読みとれのはさほどむずかしいことではない。

今まで「時」の暴虐から美青年を護ろうとしてきたシェイクスピアだったが、別れに際し、どんな顔をして滅びゆくものを滅びへと引き渡したのだろうか?疲れはてた顔、痛々しい顔、それとも、肩の荷をおろしてせいせいした顔?それもやっぱり永遠の謎だ。


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