シェイクスピアの名台詞〜Memorable Speeches from Shakespeare〜

私の恋人が自分は誠実な女だと誓うとき、
嘘と知りつつ信じるフリをする。
When my love swears that she is made of truth,
I do believe her though I know she lies,
作品解説
『ソネット集』138番


When my love swears that she is made of truth,
I do believe her though I know she lies,
That she might think me some untutored youth,
Unlearned in the world's false subtleties.
Thus vainly thinking that she thinks me young,
Although she knows my days are past the best,
Simply I credit her false-speaking tongue,
On both sides thus is simple truth suppressed:
But wherefore says she not she is unjust?
And wherefore say not I that I am old?
O love's best habit is in seeming trust,
And age in love, loves not to have years told.
Therefore I lie with her, and she with me,
And in our faults by lies we flattered be.

私の恋人が自分は誠実な女だと誓うとき、
嘘と知りつつ信じるフリをする。
私のことを世間知らずな若者、
この世のたくらみとは縁のないうぶな男、と思いこんでいる彼女を裏切らないためだ。
こうして彼女が私を若いと思っているといい気になり、
(もちろん彼女の方は私がさかりをすぎたことくらい先刻承知だが)
嘘八百の彼女のことばをうのみにし、
お互い真実の隠しっこに明け暮れる。
でも、どうして彼女は自分は嘘つきと言わないのか?
また、どうして私は自分がもう年だと言わないのか?
いや、恋には信じたフリがいちばん似合う。
それに恋をすると誰も年のことを言われるのは嫌だ。
 だから私は彼女と嘘でかためた関係をつづけ、
 そうやってお互いいつわりの媚びを売りっこをしているのだ。

壮絶な関係である。しかし、何となく楽しそうでもある。泥沼にはまった自分を外から眺め、でもこうするしかないんだからこうして遊ぶしかないよ、と自嘲気味につぶやくシェイクスピアがそこにいる。中期の作品群に問題劇と呼ばれる3篇の戯曲があるが、その中で男女関係の暗部が容赦なくあばき出されている。結婚初夜、自分への愛を誓うけなげな妻に、いっしょに暮らしたければ俺の子供を身ごもってみろと書き置きを残して外国へ旅立つ夫、特権を利用して修道女見習いに死刑囚の兄のいのちを助けたければ処女を差しだせと迫る国王代理、恋人からもらった贈り物を本人が見ているとも知らずに新しい恋人に贈りながら、まだ片方の目は前のひとを愛しているとうそぶく女−−そこに愛の信義はかけらもない。ソネット138番の精神風土はまさにこれら問題劇の延長線上にある。いや、これほど徹底して自他を欺瞞の砂あらしに巻きこみ、しかも、そうする自分をなぐさめとあざけりの両天秤にかけながら戯れつづける、そんな例は戯曲には見られない。このソネットはシェイクスピアの問題劇の上をゆく問題作品だ。


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