シェイクスピアの名台詞〜Memorable Speeches from Shakespeare〜

君を夏の日にたとえようか。
いや、君の方がずっと美しく、おだやかだ。
Shall I compare thee to a summer's day?
Thou art more lovely and more temperate:
作品解説
『ソネット集』18番


なんと美しい愛の絶唱だろう。シェイクスピアの『ソネット集』の中でもっとも有名なこの作品を何の説明もなしに読めば、十人中十人、男性が女性に捧げた愛の詩だと思うに違いない。それほどまでに「私」なる男性は「君」の美に陶酔している。しかし、『ソネット集』の「君」は女性ではなく若くて美しい男性貴族なのだ。これは推理とか仮説ではなく、明白な事実だ。そして、どうやら「君」はW.H.氏と同一人物のようだ。

えっ、この「君」って女じゃないの?ということは、シェイクスピアはホモってこと?多くの読者はすこしばかりうろたえながら自問し、さらに、じゃ一体W.H.氏って誰?とますます好奇心をかりたてられるだろう。

もちろん真相は誰にも分らない。謎は謎のまま残しておくよりほかに仕方ないが、ワイルドは天才を単なるホモのままにしておきたくはなかった。そこで考え出したのが少年役者説だ。法律で女優が舞台に上がることを禁じられた時代にあって、女役を演じる少年役者が二重の魅力を身にまとっていたことは確かである−−作品中のヒロインの詩的魅力と初々しい少年の肉体的魅力を兼ねそなえて。少年役者はどう見ても特権的な存在だ。そういう意味でワイルド説には説得力がある。

古代ギリシア人は人間の本源となる霊的存在をアンドロギュヌス(ギリシア語で「男女」)と呼んだ。シェイクスピアがホモだったかどうかは別として、舞台上に現われたアンドロギュヌスに心惹かれていたことは十分想像できる。目の前にいながら、触れようと手をのばせば、その手をするりとすり抜けて遠くへ逃げ去ってしまう、そんな《女=男》というかげろうを演じる少年役者にこがれ、じらされ、心乱され、たまらずにシェイクスピアは『ソネット集』といくつもの舞台作品を書きあげた、そんな風に想像するのも楽しいではないか。


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