シェイクスピアの名台詞〜Memorable Speeches from Shakespeare〜

運にも世間にも見はなされ、
ただひとり、落ちぶれた身の上を嘆き、
When in disgrace with Fortune and men's eyes,
I all alone beweep my outcast state,
作品解説
『ソネット集』29 番


When in disgrace with Fortune and men's eyes,
I all alone beweep my outcast state,
And trouble deaf heaven with my bootless cries,
And look upon my self and curse my fate,
Wishing me like to one more rich in hope,
Featured like him, like him with friends possessed,
Desiring this man's art, and that man's scope,
With what I most enjoy contented least,
Yet in these thoughts my self almost despising,
Haply I think on thee, and then my state,
(Like to the lark at break of day arising
From sullen earth) sings hymns at heaven's gate,
For thy sweet love remembered such wealth brings,
That then I scorn to change my state with kings.

運にも世間にも見はなされ、
ただひとり、落ちぶれた身の上を嘆き、
天に向ってむなしく叫んだかと思えば、
わが身をふり返り運命を呪い、
もっと希望にあふれた人間でありたい、
誰それのように美しく、誰それのように友に恵まれ、
誰それのように文才があり、誰それのように力量があれば、と
ないものねだりの毎日を過ごす。
こんな具合に自分をだめな奴だと思っていても
何かの拍子に君を思えば、たちまちのうちに私のこころは
(夜明けとともに暗い大地から空へ飛び立つひばりのように)
天の門口で讃歌を歌う。
 君から受けた甘やかな愛を思えば、私は幸せの長者となり、
 たとえ王とだってこの身をとりかえようとは思わない。

屈折した思いがなんと情感豊かに歌われていることだろう!

『ソネット集』のいちばんの魅力はシェイクスピアが一人称で語っている所にある。もちろん『ソネット集』の「私」がシェイクスピアその人である確証はないのだが、そう読まずにはいられない誘惑がいたるところに満ちあふれている。あの偉大なシェイクスピアがこんなにも赤裸々に自分をさらけ出し、弱気で、いじけきった、情けないすがたを告白したかと思うと、身にあまる幸せに震えんばかりのすがたを描いて手放しの喜びに浸っている。何だかシェイクスピアの心の叫びをじかに聞いているような気がしてくるのである。読む者がますます『ソネット集』へと引き寄せられてゆくのも当然である。

このソネットでは、どんな事情があったのかシェイクスピアはずいぶん打ちひしがれている。漠然と将来を悲観しているのか、対抗馬の詩人の文才に打ちのめされたのか?だが、原文を見てもらうと分るように14行で1文の息の長さで、胸一杯深呼吸するような幸せをしみじみと語っている。美青年に寄せる詩人の愛の深さを思わずにはいられない。ちょっとばかりもの悲しくて、そのくせ、満ち足りた思いがひたひた伝わってくる珠玉のソネットだ。

『ソネット集』を根拠にシェイクスピアはホモだったと主張する批評家もいるが、そういうたぐいの情欲をここに見出すことはむずかしい。


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