シェイクスピアの名台詞〜Memorable Speeches from Shakespeare〜

ひとりしずかに甘い思いにひたろうと
すぎた昔の思い出を呼びもどそうとするが……
When to the sessions of sweet silent thought,
I summon up remembrance of things past....
作品解説
『ソネット集』30番


When to the sessions of sweet silent thought,
I summon up remembrance of things past,
I sigh the lack of many a thing I sought,
And with old woes new wail my dear time's waste:
Then can I drown an eye (unused to flow)
For precious friends hid in death's dateless night,
And weep afresh love's long since cancelled woe,
And moan th' expense of many a vanished sight.
Then can I grieve at grievances foregone,
And heavily from woe to woe tell o'er
The sad account of fore-bemoaned moan,
Which I new pay as if not paid before.
But if the while I think on thee (dear friend)
All losses are restored, and sorrows end.

ひとりしずかに甘い思いにひたろうと
すぎた昔の思い出を呼びもどそうとするが、
求めてかなわなかったことの多さにため息をつき、
貴重な時をむだにすごしたと古い嘆きを蒸しかえす。
気づけば目はめったに流さない涙にぬれ、
はてない死の闇にかくれた親しい人々への思いに
とっくに死に絶えたはずの愛の悲しみが息を吹きかえし、
消えていった幾多の面影をしのぶ。
こうして過ぎ去った嘆きを嘆きかえし
苦しみの数をひとつひとつ数えなおそうと、
うめき尽くしたはずの思いを目の前にならべるのは
支払いの済んだ勘定に、また支払いをするようなものだ。
 でも、そんな時でも、私の友よ、君を思えば
 失ったものはすべて取りもどされ、悲しみさえ消え去る。

なによりもまず、英語の響きに耳を傾けてみよう。sessions - sweet - silent - summon - sigh - soughtとつづくsの木枯らしの哀愁。with - woes - wail - wasteと連なるwの地鳴りの悩ましさ。翻訳では決して伝えられない静かな詩の音楽が読む者の耳に残る。

つづいて読者のこころを打つのがこのソネットを貫いている深い喪失感だ。何人もの友の死がシェイクスピアに重くのしかかり、人生のはかなさを直視させる。自分も例外ではない、いのちの最後の瞬間に向って時は刻々とすぎているのだ、死はすぐそこにある、人生とはなんと虚しいものだろうか。

そして、最後の2行。それまでの重苦しさをあざやかに裏返す軽やかな愛の告白に読者はただただあっけに取られる。29番につづいて手放しの偶像崇拝が歌われている。

それにしても、ここに息づく精神の気高さはどうだろう。この詩の価値は、作品成立にかかわる人間関係や『ソネット集』での位置づけなど一切を無視して読んでも、変わることはない。そんなシェイクスピアの気高い思いにつられるかのように、読む者は人生の地平に立ち、ひとは大事なものをなくしながら生きているのだと、みずからの生と死を、愛と友情を思う。


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