シェイクスピアの名台詞〜Memorable Speeches from Shakespeare〜

あんなにもいい天気を約束してくれたから
外套も持たずに旅立ったのに……
Why didst thou promise such a beauteous day,
And make me travel forth without my cloak....
作品解説
『ソネット集』34番


Why didst thou promise such a beauteous day,
And make me travel forth without my cloak,
To let base clouds o'ertake me in my way,
Hiding thy brav'ry in their rotten smoke?
'Tis not enough that through the cloud thou break,
To dry the rain on my storm-beaten face,
For no man well of such a salve can speak,
That heals the wound, and cures not the disgrace:
Nor can thy shame give physic to my grief,
Though thou repent, yet I have still the loss,
Th' offender's sorrow lends but weak relief
To him that bears the strong offence's cross.
Ah but those tears are pearl which thy love sheds,
And they are rich, and ransom all ill deeds.

あんなにもいい天気を約束してくれたから
外套も持たずに旅立ったのに、
どうして黒雲に私のあとを追わせ、
君の華やぎをうすよごれた煙のなかに隠したりしたんだ。
とても許せないよ、雲のあいだからもれる光で
嵐にうたれた私の顔のしずくを乾かしたくらいじゃ。
傷口はふさぐけれど、傷あとを残すような
そんなぬり薬をいい薬だなんて誰も言わないように、
君が自分のあやまちを恥じてみせても私のこころの傷あとは癒えやしない。
どんなに君が後悔したって、私は大事なものを失ったままだ。
罪を犯した者の悲しみは大した助けにはならない、
重い受難の十字架を負う者にとってみれば。
 でも、君が私への愛の気持から真珠の涙を流してくれたから、
 その貴さのおかげですべての悪行が帳消しになってしまった。

「黒い貴婦人」をめぐる泥沼はいっそう深まってゆく。内容は33番とほぼ同一だが、33番の明るさに対して、34番は詩人が受けた傷の深さを感じさせる。それにしても、なんと哀しく、切ない抗議の歌だろう。特に最初の「どうして」(Why)が悲痛な響きをもって迫ってくる。友情を信じて無防備なほどこころをひらき、幸せいっぱいの気分につかっていたのに、どうしてこんなふうに突然裏切ったりするの、と無念な思いに唇を噛みしめて相手をなじっている。

ところが、こころの傷がまだ消えもしないうちに、友人の涙ひとつですべてをゆるしてしまうのはなぜだろう。空涙を流すくらい簡単にやってのけるかも知れないのに。

美青年は『ソネット集』全編を通じて歌われているが、「黒い貴婦人」の強烈なアク、時折見せる詩人の深い憂愁と比べられるようなはっきりした特徴を見せない。あまりに天上的な美しさで描かれているため、実感がわかないとも言える。ワイルド説のように少年役者であるなら、シェイクスピアのほとんど恋心に近い崇拝ぶりも、客席から舞台を見上げる視線として納得できるのだが。


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