シェイクスピアの名台詞〜Memorable Speeches from Shakespeare〜

真鍮も、石も、大地も、無辺の海も、
重々しい死の支配をまぬがれることができないとなれば……
Since brass, nor stone, nor earth, nor boundless sea,
But sad mortality o'ersways their power....
作品解説
『ソネット集』65番


Since brass, nor stone, nor earth, nor boundless sea,
But sad mortality o'ersways their power,
How with this rage shall beauty hold a plea,
Whose action is no stronger than a flower?
O how shall summer's honey breath hold out,
Against the wrackful siege of batt'ring days,
When rocks impregnable are not so stout,
Nor gates of steel so strong but time decays?
O fearful meditation, where alack,
Shall Time's best jewel from Time's chest lie hid?
Or what strong hand can hold his swift foot back,
Or who his spoil of beauty can forbid?
O none, unless this miracle have might,
That in black ink my love may still shine bright.

真鍮も、石も、大地も、無辺の海も、
重々しい死の支配をまぬがれることができないとなれば、
この暴虐の差しとめを訴えたところで
花ほどの力しか持たない美に何ができよう。
夏のそよ風がどんなにかぐわしくても
歳月の城攻めにあえばひとたまりもない。
石垣も、鉄の扉も、時の威力を前に
やすやすと崩れはててしまうのだから。
ああ、考えただけでも恐ろしいことだ。
美しいこの世の宝を時のひつぎに収めさせない手立てはないのか?
そうだ、たくましい腕なら早足の時を押しとどめ
花園を踏みにじるのをやめさせられないだろうか?
 いや、そんなことはできない。奇跡が起こらないかぎり−−
 黒いインクの中で私の愛するひとが輝きつづけるという奇跡が。

「君を夏の日にたとえようか」ではじまるソネット18番と同じく《詩による永遠》を主題にした作品だが、ふたつを並べてみると違いが歴然とする。たしかに18番は名作だ。しかし、そのあまりに流麗な調子のために存在感が希薄になっている。ところが65番は「時」の猛威と生きるものの儚さを容赦なく対峙させ、その徹底ぶりがかえって《詩による永遠》という主題に人間の温気を授けている。ひとは限りなくもろい、しかし、限りなくたくましい。そういうパラドックスを実感させてくれるのがこの詩だ。

18番ではシェイクスピアは美青年のすぐそばにいる。愛する「君」を目の前にしているからこそ感動的な「殺し文句」が生まれたのだが、《詩による永遠》は二の次で「君」の気を惹くのが第一の感がある。それが証拠に7回も「君」が使われている。一方、65番には「君」が一度も出てこない。シェイクスピアは人間の側からではなく永遠の側から歌っているのだ。そして、最後の最後、喪の黒が永遠の黒に変容する奇跡のくだりではじめて「私の愛するひと」が三人称で登場する。こういった抑制が水面下に隠れた厚い感情の層を感じさせてくれるのではないだろうか。


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