シェイクスピアの名台詞〜Memorable Speeches from Shakespeare〜

あなたについて書こうとするとこころが沈む。
O how I faint when I of you do write,
作品解説
『ソネット集』80番


O how I faint when I of you do write,
Knowing a better spirit doth use your name,
And in the praise thereof spends all his might,
To make me tongue-tied speaking of your fame.
But since your worth (wide as the ocean is)
The humble as the proudest sail doth bear,
My saucy bark (inferior far to his)
On your broad main doth wilfully appear.
Your shallowest help will hold me up afloat,
Whilst he upon your soundless deep doth ride,
Or (being wrecked) I am a worthless boat,
He of tall building, and of goodly pride.
Then if he thrive and I be cast away,
The worst was this, my love was my decay.

あなたについて書こうとするとこころが沈む。
私よりすぐれた詩人があなたの名前を
力のかぎり誉めたたえるので、
私はあなたのほまれを語ろうとしても舌が動かない。
しかし、あなたの徳は海のように広く
卑しい舟も立派な船もともに許してくれるから
小舟の私は生意気にも、彼の巨船よりはるかに劣るくせに
あなたの大海原へと意固地になって乗りだしてゆく。
あなたのわずかばかりの助けを受けてやっと浮く私と
もの静かに深みを乗り切る彼の巨船−−
私の小舟はひとたび座礁すればひとたまりもないが、
そそり立つ彼の船はなにごともなかったように誇らかに進む。
 だから、彼がごひいきと決まれば、私はお払い箱だ。
 最悪なことに私の愛が私を破滅へ導くのだ。

黒い貴婦人をめぐる三角関係だけでも十分なのに、シェイクスピアのこころの平安はさらにかき乱される。美青年をほめたたえる詩を書く対抗馬の登場である。しかもシェイクスピアよりすぐれた詩を書くとあっては内心おだやかではいられない。

この詩人も詮議の対象となってきた。無神論的な「夜の学派」の一員だったジョージ・チャップマン、エリザベス女王への讃歌を巧みな筆致で書いたエドマンド・スペンサー、シェイクスピアとは別の劇団で活躍中だったクリストファー・マーロウ、形而上学的な詩を書いて独自の境地を開拓したジョン・ダン、など数多くの詩人があげられている。ワイルドは、この詩人はマーロウであり、少年役者の魅力に惹かれて自分の劇団へ引き抜こうとしているのだ、という説をとなえている。真偽のほどは分らないにしても、競いあっている演劇仲間に大事な女役を持ってゆかれそうで鬱々としているシェイクスピアのすがたが思い浮かぶようだ。

特に、美青年のほんのわずかな好意にもこころ踊らせ、浮き足立ってしまう自分の小ささ(9行目)と、どっしりと構えてひたすら美青年の愛へとつき進む相手の大きさ(10行目)の絶望的な違いにシェイクスピアの思いが読みとれる。さらに2行目のuseや、10行目のrideにはちょっとあやしい意味もこめられているから、さすがの天才も沈没だ。


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