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hot ice(熱い氷)、cold fire(冷たい炎)



「熱い氷」、そんなものはこの世に存在はしません。それでも、なにか意味ありげなことばではありませんか?では、「冷たい炎」というのはどうでしょう。そういえば、三島由紀夫の文体を「凍れる炎」と評しているのをどこかで読んだことがあります。何となく納得が行くではありませんか。

このような常識はずれな表現のことを修辞学ではoxymoron(矛盾撞着語法)といいます。oxy はギリシア語で「賢い、鋭い」、moron は「愚かな、鈍い」という意味ですからまさにこの表現の特徴をそのまま言い表しています。

シェイクスピアはこのオクシモロンをよく使っています。最初の「熱い氷」は『夏の夜の夢』、「冷たい炎」は『ロミオとジュリエット』で使われた表現です。
 いくつか例を拾ってみましょう。

‘A tedious brief scene of young Pyramus
 And his love Thisbe; very tragical mirth'
(冗漫にして簡潔な、若いピラマスとその恋人シスビーの一場、極めて悲劇的な大滑稽)(『夏の夜の夢』)

O brawling love! O loving hate!
おお、仲違いする愛、愛し合う憎しみ)(『ロミオとジュリエット』)

With mirth in funeral and with dirge in marriage
(葬儀の喜びと婚儀の弔い歌で)(『ハムレット』)

Fairis foul, and foul is fair
(きれいは穢い、穢いはきれい)(『マクベス』)。

シェイクスピアはただことばで観念の遊びをしていたわけではありません。一つひとつの例がそれぞれの劇的世界から生まれるべくして生まれた表現であり、それなしにはその劇世界が成立たないのです。

シェイクスピアだけはありません。ルネサンスの偉大な思想家であるニコラス・クザーヌスもその著書に『学識ある無知』という名前をつけています。そもそもルネサンスは「対立する一致」という矛盾を内包しつつ、その矛盾自身を外から眺めていた時代でした。その意味でシェイクスピアがオクシモロンを多用したのもうなづけます。


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