リア王

シェイクスピア台詞集〜13


Lear: Nothing will come of nothing. Speak again.
リア王:無からは何も生れぬ。もう一度言ってみよ。
(『リア王』一幕一場より)

あまりにも有名なリア王の台詞です。リア王は3人の娘達に、愛情の多寡で分与する土地の広さを決めようという提案をします。末娘コーデリアは、二人の姉のように財産ほしさに恥も外聞もなく父への愛情を高らかに述べ立てることができません。そこで姉のような愛なら、という含みで「何もございません」と答えます。愛情に飢えた父親は二人の姉の形だけの愛を親を思う娘のまごころと勘違いし、逆に真の愛情から何も言わない末娘に対して、やさしい心を持たない娘だと憤慨します。

Lear: So young, and so untender?
Cordelia: So young, my lord, and true.
リア王:それほど若くてそれほどまでやさしげのない。
コーデリア:若いからこそ誠だけを。


photo from Sweet Briar College Theatre's 1995 performance.

末娘の若さと真実は、少しひねった見方をすれば、演戯精神の欠如とみることもできます。父親は三人の姉妹の愛情試験ではなく、演戯試験をしていたにすぎなかったのです。というのも、リアの台詞から、分与する土地はすでに三等分してあることは明白ですからどんなに精一杯愛情を誇示しても貰える財産は変わらないのです。リアが求めていたのは、愛情表現の舞台に立ったら、その場に相応しい演戯をすることだったのです。コーデリアはこのような強制された演戯に反発し、己れの真実を守り通します。

しかし、リアの側にも非がありました。演戯には《個の演戯》と《コスモスの演戯》という二つの作用があることにリアはまだ気づいていなかったのです。

リアはまもなく自分のあやまちを思い知らされます。頼みにしていた二人の姉から邪険に扱われ、半狂乱のまま荒野にさまよいでたリアは突然、不思議な恩寵によって、あれほど痛い目に遇ったはずの演戯の世界へ自ら入っていき、演戯の真のすがたである《コスモスの演戯》を悟るのです。

Lear: When we are born we cry that we are come
To this great stage of fools.
リア王:我々は生まれ落ちるや、泣く。阿呆ばかりの舞台に生まれたことを悲しんでな。(四幕六場)


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