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エピローグ(epilogue)



 前回のPrologueは「前もって話す」というギリシア語から来ていましたが、この言葉もギリシア語の「後で話す」から来ています。語原通り、作品や演説の最後を締め括る言葉を意味します。シェイクスピアの作品でもエピローグは重要な〈締め〉となっています。

 よく知られた『夏の夜の夢』のエピローグを紹介しましょう。

Puck: If we shadows have offended,
   Think but this, and all is mended:
   That you have but slumbered here
   While these visions did appear.
(もし私たち影法師がお気に召さなければ、こうお考え下さい、そうすればすべて円く納まりましょう−−皆様方は今までずっと居眠りをされ、その間にいろいろな幻をご覧になったのだ、と。)

 このエピローグを語るパックは妖精の一人です。当時妖精は影のような存在と考えられていましたから‘we shadows'は「妖精たち」です。しかし、この場面ではパックは役を終え一人の役者として観客の前に立っています。役者も影のような存在と考えられていましたから‘we shadows'には「役者たち」の意味も加わります。そしてさらに当時流行の新プラトン主義の根本思想では不滅不朽の理想的天上界に対し地上界は無常で影のような存在とみなされましたから、ここにもうひとつ《影》の意味が加わることになります。

 こうしてシェイクスピアは『夏の夜の夢』という喜劇を締め括る際、《影》の持つ多重な意味を利用して、自作の芝居に対する批判を封じつつ、虚ろに移り行く不安定な現実を省みる眼差しを付け加えました。夢と現実の混乱を主題にした劇の実に巧みなエンディングではありませんか。

 他に『お気に召すまま』、『十二夜』、『あらし』、等全部で十作品にエピローグがあります。

 ところが面白いことにシェイクスピアの悲劇にはEpilogueを持つ作品がないのです。どうしてなのでしょうか?考えてみる価値がありそうです。


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