夏の夜の夢

シェイクスピア台詞集〜15


Fairy:
Over hill, over dale,
Thorough bush, thorough briar,
Over park, over pale,
Thorough flood, through fire−
I do wander everwhere
妖精:丘を越え、谷を越え、藪をくぐり、茨をくぐり、狩場を越え、柵を越え、水をくぐり、火をくぐり、どこへだって飛び回るんだ。 (『夏の夜の夢』二幕一場より)

 この妖精の台詞は、おそらくシェイクスピアが書いた台詞の中で最も軽やかな喜びに満ちたものでしょう。またシェイクスピアが書いたどの台詞とも似ていません。この台詞が舞台に響く時、ある種の違和感を感じます。その違和感こそ、シェイクスピアが妖精の世界を紹介するために周到に用意したものなのです。というのは、開幕の貴族の世界で語られていることばは高揚した言語、つまり、韻文(リズムをもった文)です。例えば、

‘The course of true love never did run smooth.'
(真実の恋がすんなり叶ったためしはない)のような格調が韻文の特徴です。

 つづく、一幕二場は活気に満ちた職人の世界です。

Quince: Is all our company here?
Bottom: You were best to call them generally, man by man according to the script.
クインス:みんな揃ってるかい。
ボトム:台本どおりにひとりづつ総合的に呼んでみたらいいじゃねえか。

 こういった、ざっかけない連中のことばは貴族の韻文と違った自由さにあふれています。職人のことばは特定の規則やリズムを持たないことばで、散文と呼ばれています。謂わば、落語の長屋連中のことばです。

 韻文で貴族世界を、散文で職人世界を描いた後に最初の台詞が突然響くのです。妖精のことばも形式上は韻文に分類されますが、台詞の音楽性はまったく別物です。ためしに声に出して読んでみて下さい。これはまさに妖精のことばです。同じ音の繰り返しが聴く者の耳に心地良く響きます。この響きは到底翻訳できません。この音楽から感じられるある種の違和感が私たちを人間の世界から追い出し、異次元の国へ、つまり、妖精の森へと運んでくれるのです−草花がむせ返るように生い茂り、
惚れ草の魔力に人も妖精も酔いしれるアテネの森へと。


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